ころねっとセミナーだより 〜セミナー議事録〜

第22回セミナーだより
 第二十二回のころねっとセミナーは、前回に続いて臨床心理士の西野敏夫先生を講師にお招きしました。前回は先生ご自身の体験をもとに、「回復への道・私の場合」というテーマでお話をしていただきました。今回はその続編にあたります。テーマは、「回復への道・自分を大切にするということ」です。

 ACという概念が広がって何年か経ち、そのとらえ方はさまざまですが、他人の必要性に振り回されて、自分の気持ちとのギャップに悩んでいるのがACだと言えるでしょう。今まで気付かなかった自分の気持ちに気付くことによって、新たな苦しみが生まれることがありますが、それは回復への第一歩として大切なことです。
 今日は、「自分を大切にする」とはどういうことなのかお話ししたいと思います。自分を大切にしたいと思っても、人の行動は簡単には変えられません。アディクションの根底には人間関係の問題があり、成長の過程で自分を守るためにしてきたことが癖になっているからです。今の苦しみから逃れたいと思って、何かを変えたい、自分が変わりたいというのは難しいことです。三年前の自分を振り返ってみて、自分が少し変わったなという感じがつかめたらいいですね。恐怖心を克服しようと頑張っても、恐怖心は克服できないでしょう。怖いけれど、恐る恐るやってみたら、ほんの少しだけできるようになった……そういう体験を積み重ねていくといいでしょう。
 自分がしたいこととしたくないことを意識してみてください。どちらかと言えば、したいことを犠牲にして、つい、したくないことをしてしまうのがACだから、今よりも少しわがままになってもいいと思います。ここで言うわがままとは、一般に言われている自分勝手なわがままとは違います。自己犠牲的な他者配慮は、共依存的な関係です。日本人にはこのような関係が多いようです。この関係は、短期的には有益なことがありますが、長期的には危険です。ですから共依存にならない他者配慮とはどんなものなのか考える必要があります。それは、何でも他者の要求を受け入れるのではなく、他者には最低限の責任を果たしてもらったうえで、自分のできることをするということになるでしょう。でも、それはいきなりうまくいくというものではありません。失敗しながら経験を積み重ねていくしかありません。
 ものごとや自分の行動を選択するときに、正しいかどうかではなく、気持ちがいいか悪いかという観点で選ぶことも大切なことです。自分自身が心地よいという感覚を見つけ、それを大切にした生活に慣れていくことです。その感覚を見つけるためには、なるべく自分の感覚を内側(身体)に向けて生活することです。「楽(らく)」であることと「心地よい」こととは少し違うのですが、自分の状況と場の雰囲気が自分にぴったり合っているかどうか、自分の身体の言い分に耳を傾けることです。
 歩く・話す・食べる・寝るなどの日常生活における身体活動を通して「心地よい」とはどのような感覚なのか、実際に味わってみてください。これはやっている最中よりも、やった直後の方が分かりやすいかもしれません。下品な例ですが、うんちやおしっこが確かめやすいです。うんちがどんな状態でも、そのあとの感覚が心地よいかどうかということです。ごはんを食べたり、眠ったりすることも同じです。こんなふうに、なるべく身体的なこと、原始的で単純なことで、直後の感覚を確かめてみてください。難しい本を読むことよりも、こうした試みを積み重ねていった方が感覚を磨くのに役立つでしょう。そして、それが自己肯定感を身体のレベルで養うことにつながります。
 それから、たまには叫んだり、物を壊したり、のたうち回ったりなど、ふだんやらないことをやってみるのもいいでしょう。それをやったあとの感覚をよく味わってみてください。それが心地よければ続けてみるといいでしょう。

(文責・編集部)
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