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| 第三十一回のころねっとセミナーは、元精神科医院のケースワーカーで現在は養護施設にお勤めの藤原雅美先生を講師にお招きしました。藤原先生は、ケースワーカー時代に多くのACとかかわり、その支援をしてきました。今回のお話は、その体験に基づくものです。テーマは、「自分を見つめてみよう・ACの視点から」です。 |
| 私は二年間、精神科クリニックでケースワーカーとして勤めてきました。その頃、今日のテーマの副題にもあるように、アダルトチャイルドのことに取り組んできました。 アダルトチャイルドとは、幼い頃に傷ついた自分が大人になってから足を引っ張る状態の人たちだと私は解釈しています。その幼い頃の傷が、対人関係を危うくさせたり、生きづらさを感じさせたりするんだと思います。「どうして私は同じ失敗を繰り返すのだろう」「どうして私はいつもこうなんだろう」と悩み、その原因を探ろうとするのですが、実際は無意識の中にあるずっと昔に傷ついたときの自分がもがいている状態で、それに気づかないまま生活していて、生きづらさを感じているのではないかと思います。 二年間のケースワーカー時代に、私が出会ったアダルトチャイルドの方たちは、感情の流れがスムーズにいかなくて悩んでいる人がたくさんいました。例えば、自分の大切な人が事故に遭い、この会場に電話がかかってきたとき、どんな感情がわくでしょうか。最初に来る感情は、「えっ」とか「うそだ」というような否定の感情でしょう。その次に来るのは、「どうして自分の家族だけが……」というような怒りです。そして、この後、悲しみの感情がわいてくるでしょう。「否定」→「怒り」→ 「悲しみ」という流れを経ることによってショックを克服できるのだと思います。ところが、アダルトチャイルドの場合は、「怒り」がとばされ、「否定」から「悲しみ」にいってしまうことが多いのです。そうなると、その「悲しみ」はとてもヘビーなものになるでしょう。 なぜ、アダルトチャイルドは怒ることができないのでしょうか。それは、幼い頃から、周囲の人たちに自分の感情を受け入れてもらうことができなかったからだと思います。アダルトチャイルドの人たちは、怒るべきときに怒ることができず、その怒りを蓄積させた結果、場違いなところで無関係の人に対して怒りを爆発させることがあります。これも、「怒り」の感情がうまく表現できないことによるものです。 二年間のケースワーカー時代に出会ったアダルトチャイルドの人たちは、本当にいい人ばかりでした。でも、感情表現がうまくできないので、無理をして周囲の人たちに合わせているという状態だったと思います。私は、そうしたアダルトチャイルドの人たちを元気づけるのではなく、自分を認めるためのワークを行ってきました。それは、たいへん厳しい生いたちの中でも、精一杯生きてきた、できることはやってきたということを確認する作業です。 今日も、このセミナーに参加していること自体が、前向きに努力していることの証明です。何かに取り組んでみようとするとき、最初の一歩を踏み出すことは、とても難しいことです。さまざまな生きづらさを抱えていながら、回復を目指してセミナーに足を運ぶということは素晴らしいことです。そうした自分を認めてあげてほしいと思います。 「アダルトチャイルド」という言葉との出会いを一つのきっかけにして、皆さんの生きづらさをなくしてほしいと願っています。 (※当日行ったワークについては、省略させていただきます。) |
(文責・編集部) |