ころねっとセミナーだより 〜セミナー議事録〜

第50回セミナーだより
 今回のころねっとセミナーは、前回に続いて「ハルカウンセリング」の主催者で臨床心理士の石松奈美子先生を講師にお招きしました。テーマは、「人を傷つける言葉と癒す言葉・人との距離の取り方」です。
 今回、テーマにあげた二つのこと……「人を傷つける言葉と癒す言葉」、「人との距離の取り方」は同じ問題です。言葉そのものが人を傷つけたり、癒したりするのではなく、相手とどのような距離で、どのようなタイミングで、どのような言葉を使っているかということが問題なのです。
 「人を傷つけがちな言葉」はありますが、「絶対に傷つけない言葉」はありません。たとえほめるつもりで使った言葉でも、相手を傷つけてしまうことがあります。また、初対面の人にいきなり言われると随分傷つく言葉でも、親しい人に言われるとあまり気にならない言葉もあります。ですから、言葉そのものにこだわりすぎてしまうと相手が見えなくなってしまいます。言葉そのものではなく、「どんなやりとりで人は傷つくのか?」とか、「無難なやりとはどんなものか?」、「無謀なやりとりとはどんなものか?」を考えるべきだと思います。
 では、どんなやりとりに人は傷つくのでしょうか?
  • こちらが相手に手を伸ばしても、相手が閉ざしていたり、相手からこちらに手を伸ばさない。
  • こちらが閉ざしているにもかかわらず、相手が自分に踏み込んでくる。
 また、つぎのような場合に人は傷つくことが多いでしょう。
  • 自分のプライバシーまで踏み込まれたとき。
  • 自分が理解されていないと感じたとき。
  • 自分が拒否あるいは無視されたとき。
  • 「当たり前」と言われたとき。
 このように、自分が相手を傷つけるかどうかは、相手が自分の心に手を差し伸べているとき、自分がそれに気づくかどうかということです。ただし、だれとでも良い関係をつくらなければいけないわけではありません。嫌いな人にはそうしなくてもよいのです。
 人とのやりとりには、傷つくことも傷つけることもないし、癒すことも癒されることもない「無難なやりとり」があります。
たとえば、天気の話とか、事務的な用件を伝える話とかです。これは、自分や相手の気持ちに関係のないやりとりですが、これも案外大切なもので、そのときの「場面」や「空気」を読み取って違和感のない言葉を選ぶ必要がありますね。
 「無謀なやりとり」というものもあります。これは、その場の雰囲気や相手にはかまわず、とにかく「自分」だけが納得するためのものです。その結果、自分が傷つくかもしれないし、相手を傷つけるかもしれません。でも、自分の中にすごく動いている感情のエネルギーがあって、ためておくことができないことがあります。スッキリするためのやりとりだと言っていいでしょう。ときにはこうしたやりとりも必要です。
 自分のやりとりの仕方を振り返って、「分かり合うためのやりとり」、「無難なやりとり」、「無謀なやりとり」のどれに属するのか考えてみると人との距離の取り方がしだいに上手になるでしょう。

(文責:編集部/講演日:2002年 5月12日)
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